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2016年9月21日水曜日

恐~いお話 おいらん淵

週末は鶏冠山の予定ですが、天気は持つかなぁ~と…心配中!
天気予報をチェックする毎日です^^;
ふと、地図を眺めていて…
おいらん淵(花魁淵)の恐~いお話を思い出しました。
赤丸のところが心霊スポット「おいらん淵」
ご存知の方も多いと思いますが、
おいらん淵の言い伝えをお話ししたいと思います。

時は戦国時代。武田家の黒川金山にまつわるお話になります。
戦国最強と言われた武田騎馬軍団(なかったとする説もある)、その財政を支えたのが、たくさん産出した甲州金でした。





鶏冠山の東北の方向に黒川金山があります。
当時、良質な金が採掘されていました。
採掘孔周辺には金山衆が集まり、最盛期には5千人を越える金山衆が集まったそうです。
それだけの男衆が集まれば、数多くの遊女達もこの地に集いました。

戦国末期、この黒川金山の産出量は急速に衰え始めます。
そして、閉山することになります。
金山の場所、採掘方法、製錬方法などは軍事機密。
そこで、金山の秘密を知る遊女たちを殺す計画が立てられました。

渓谷の上に大きな宴台を設け、そこで宴会を催したのです。
55人の遊女たちが呼ばれました。
宴会が佳境に差し掛かったころ、宴台を支えていた蔓が切断されました。
宴台は彼女たちもろとも、谷底へ落下していきました。
川は血に染まり、下流には遊女たちの亡骸が流れ着いたそうな…
そして後世、その淵は「おいらん淵」と呼ばれるようになりました。

どらは、この話を信じていません。
軍事機密を守るにしては、方法がちょっと杜撰!
これでは、中には生き残る人が出そうだし、死体の確認もできない…
口封じの虐殺はあったかもしれませんが、もっと確実な方法でしょう。

さておいらん淵の名前の由来ですが、他にもあるようですよ^^
こんな話もあります。
明治初期の話ですが、水源調査に来た政府の役人が、
「ここはまるでおいらんの肌のように美しい淵だなぁ」と言ったとか…
そんなに美しい淵なら、ぜひ行ってみたいものですね。
そちらの方向へは怖がりのどらは、一人は嫌ですが(キッパリ)!

武田家の滅亡に関係する話は、面白い話が多いですね。
当ブログでも、過去に2回ほど取り上げましたので、ご参考に^^

埋蔵金眠る関東の山々
松姫峠 哀しき戦国のラブストーリー

(おしまい)