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2024/04/07 鳥海山(7/26~7/29)の募集を締め切りました
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2024年1月11日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(5)

 前回を過去編の最後にする予定でしたが、エピソードを挟みたくなりました。
 ゆっくりと移りゆくおなん淵を描きます。
 次回からの現代編の緊迫感と対比させたいかなと…
 懲りすぎ?



第一章 桃太郎は九鬼山を目指す
(5)春に想う
 「寒い…」
 水辺にたたずむカエデは手の平をすり合わせる。
 春も中盤だというのに、今日は風が強く寒い日であった。
 ナンが消えた淵は、いつしかおなん淵と呼ばれるようになっている。
 遠くの鳥の声に、くすっと笑う。
 「ホーホケ…ホケ…ホケッ」
 ナンの話に涙したあの日も、幼鳥が練習していたなぁ~と。
 ウグイスのさえずりは、求愛の鳴き声だ。
 上手く鳴けるかどうかで、子孫を残せるかどうかが決まる。
 必死の鳴き声が続く。
 カエデは毎年、この日になるとこの場所へ来ることにしていた。
 「カエデさ~ん」とナンが突然現れるのではないかと…
 出会った、まさにこの日に願掛けしているのだ。
 「今年もまた、待ちぼうけかな?」
 カエデは目を落とす。
 ナンの草履が残されていた足元の場所には、ちょうど二輪草が揺れていた。
 大きな花が、風から小さな花を庇うように揺れている。
 小さいほうの花がナンで、大きい花が自分かな?
  何気なく、そんな事を考えるカエデであった。

 「カエデさ~ん」遠くで声が聞こえた。
 残念ながら男の声だ。
 数日前に商売で泊りに来ている桃太郎だった。
 彼は毎年、雪解けのこの時期になると清兵衛の家へやってくる。
 今や彼がこの地の取引をすべて任されているのだ。
 桃太郎はカエデの横に並んだ。
 二人は水面に浮かぶ枯葉を眺めていた。
 風にくるくる回転していた。
 しばらく静寂の時が過ぎる。
 「ここがナンが消えた場所なんだね」
 カエデは頷くだけだった。
 九鬼山の事件を知っているカエデは、当初は桃太郎に距離を置いていた。
 その後、何度も会ううちに、そう桃太郎の話を聞くうちに、不幸なすれ違いの事件だったと思うようになっていた。
 目の前の桃太郎が、虐殺を行った人物だとは思えなくなっていたのだ。
 なぜなら彼が話すナンの話は、愛情に溢れていたから。
 「もう戻りましょう」
 カエデが先に立ち上る。
 二人は、春の日差しを全身に浴びながら歩き始めた。
 春風は一年の始まりを感じさせる。
 今日の風は、そんな始まりを伝える風かもしれない。
  
 それから五年の歳月が流れた。
 女の子が一人、おなん淵で二輪草を摘んでいる。
 彼女は赤い鼻緒の草履を履いていた。

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2023年12月14日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(4)

 いよいよ過去編の終わりの章になりました。
 滝から落ちた桃太郎と次郎は生きているのか?
 南へ逃れたナンはどうなっていくのか?
 桃太郎を含む三つの伝説とは?
 そしてウイルスとの関連は?
 
現代編ではウイルスに翻弄される医療スタッフと、山仲間たちの活躍を主体に物語が進みます。
 そして、この章では解決の伏線を散りばめてみました。

第一章 桃太郎は九鬼山を目指す
(4)そして三つの伝説が残った
 「小鳥の声が聞こえる…」
 ナンは目をこすりながら、布団から顔を出した。
 そこは小さく質素な部屋であった。
 こんな暖かい布団や、こぎれいな部屋は生れて初めてだ。
 障子を通して入ってくる和やかな光が、この空間を満たしている。
 ウグイスのさえずりが聞こえた。
 「ホーホケ…ホケ…ホケッ」
 心地よいさえずりと、中途半端なさえずりが交互に響いている。
 くすっ…と思わず笑顔になった。
 幼鳥が練習しているのだろう。

 「ここはどこなんだろう?」
 ふと自分が着ているものが目に入った。
 真新しい木綿の着物で、柔らかくて気持ちがいい。
 そして布団から体を起こした時、障子の外から人の気配がした。
 ゆっくりと障子が開く。
 「まだ寝ていなくてはだめよ」
 二十歳前後だろうか、若い女性が入ってきた。
 女性の穏やかな笑顔にほっとする。
 「どうしてここに?」
 「あなたは桂川の川べりに倒れていたのよ」
 どうもこの家の人に助けられたらしい。
 記憶もあいまいだ。
 「ここは清兵衛様の家、私はそこの下働きでカエデというの」
 「私は…ナン…」
 そこでナンは言葉が詰まった。恐ろしい記憶がよみがえる。
 九鬼山の鬼憑きの者だとわかったら、何をされるかわからない。
 大粒の涙があふれ出した。
 しばしの静寂が訪れる。
 カエデはナンの頭にそっと手を添える。
 驚いたようにナンはカエデを見上げた。
 優しい目がナンを包み込んでいる。
 「この人なら話しても大丈夫…かな?」
 ナンは意を決して、詰まりながらも、それまでのいきさつを話し出した。
 いつしかカエデの目にも、涙が浮かんでいた。

2023年11月1日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(3)

 いよいよ桃太郎が犬目・猿橋・鳥沢の若者を連れて、九鬼山へ鬼征伐に向かう日が来ました。
 以前からどらは、この童話にずっと違和感を感じていました。
 物語の中で鬼を征伐する理由が「悪い鬼」とか「悪さをする」とかだけで、一言だけなんですよね。
 どんな悪さをしたのかが一切不明です。
 それじゃぁ何でもあり!と、逆に暴力と略奪を行った桃太郎の方が悪者ではと?
 歌の中でも、おもしろいおもしろいと快楽的暴力を振るっているし…
 そこで昨今のコロナ感染と結び付けて、ストーリーを考えました。
 物語終盤では、いくつかの大どんでん返しがありますよ。
 夜の睡眠時間を削り、日中の起床時間も削り、練りに練ったので(笑)
 
第一章 桃太郎は九鬼山を目指す

おもしろい おもしろい
のこらず鬼を攻めふせて
分捕物をえんやらや

万々歳 万々歳
お伴の犬や猿雉子は
勇んで車をえんやらや



(3)桃太郎は九鬼山を目指す

 「うまくいったな」
 桃太郎は村人達を説得できたことに安堵する。
 目標は九鬼山に住む鬼憑きたち。
 実は年が変わる頃の里では、奇妙な病気が広がっていた。
 最初は性格が変わって、攻撃的になる病状からスタート。
 そのまま数日後には、反対に気力を失くしたように寝込み始めたのだ。
 そして冬が過ぎ春となる頃には、たくさんの死者が出ることに。

2023年10月7日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(2)

 桃太郎伝説の周辺には、他に三つの伝説があります。
 計四つの伝説になるのですが、さすがに全部を取り込むのはやり過ぎかな?
 ということで、断捨離しようと三つの伝説に絞り込みました。
 捨てたのは、陰陽師「安倍晴明」の伝説。
 実は岩殿山の北側にセイメイバン(晴明盤)という珍名の山があります。
 この地で雨乞いをしていた晴明が鬼に邪魔をされて亡くなったという話が…
 セイメイバンは、峠の涼風でも2018年7月に計画しました。 
 ちなみに採用の二つの伝説はネタバレになるので、小説の中で…ね。

第一章 桃太郎は九鬼山を目指す

行きましょう 行きましょう 
あなたについて 何処までも 
家来になって 行きましょう

そりゃ進め そりゃ進め
一度に攻めて 攻めやぶり
つぶしてしまえ 鬼が島




(2)誤りの鬼退治

「見つかったか?」
 太郎の父親が戻ってきた猿橋の村人に声をかけた。
 静かに首を横に振る村人。
 「本当にあいつら、どこへ行ったんだ」
 ふと西の岩山が目に入る。
 夕陽に照らされた岩壁が、あざやかな朱色に染まっていた。
 別の村人が走ってきた。
 「里の子供が、三人が岩殿山の方向へ歩いていくのを見た」という。
 「なんだと!」
 まさかとは思ったが、赤鬼の所か。
 朱色の岩壁は色を徐々に落としつつ、不吉な影を延ばし始めていた。
 まるで鬼の角が黒く伸びてこちらに向かってくるようだ。

2023年8月31日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(1)

骨折入院中に書き始めた小説です。
あらすじは公開していましたが、いよいよ本編も公開しようかな…と。
構想を練っていると、どんどん内容が拡がることに。
あれもこれも、と考えると、収拾がつかなくなりそう(苦笑)
断捨離が重要かな? と思う今日この頃です。

第一章 桃太郎は九鬼山を目指す

 桃太郎さん 桃太郎さん
 お腰につけた黍団子 
 ひとつ私にくださいな

やりましょう やりましょう
これから鬼の征伐に
ついて行くならやりましょう



(1)岩殿山の赤鬼

「うまくいったな」
 太郎は村人達を説得できたことに安堵した。
 周りでは村の女たちが、会合でふるまわれたおつけ団子(黍団子の原型といわれている)の後片付けの真っ最中だ。
彼は犬目・猿橋・鳥沢集落の村人達を集めて、いかに南の山に住む鬼達が危険かを説き続けていたのだ。
それがやっと今日、山狩りの方針が決まった。
これで安心できる。
太郎は思い出していた。