いよいよ桃太郎が犬目・猿橋・鳥沢の若者を連れて、九鬼山へ鬼征伐に向かう日が来ました。
以前からどらは、この童話にずっと違和感を感じていました。
物語の中で鬼を征伐する理由が「悪い鬼」とか「悪さをする」とかだけで、一言だけなんですよね。
どんな悪さをしたのかが一切不明です。
それじゃぁ何でもあり!と、逆に暴力と略奪を行った桃太郎の方が悪者ではと?
歌の中でも、おもしろいおもしろいと快楽的暴力を振るっているし…
そこで昨今のコロナ感染と結び付けて、ストーリーを考えました。
物語終盤では、いくつかの大どんでん返しがありますよ。
夜の睡眠時間を削り、日中の起床時間も削り、練りに練ったので(笑)
第一章 桃太郎は九鬼山を目指す
(3)桃太郎は九鬼山を目指す
「うまくいったな」
桃太郎は村人達を説得できたことに安堵する。 目標は九鬼山に住む鬼憑きたち。
実は年が変わる頃の里では、奇妙な病気が広がっていた。
最初は性格が変わって、攻撃的になる病状からスタート。
そのまま数日後には、反対に気力を失くしたように寝込み始めたのだ。
そして冬が過ぎ春となる頃には、たくさんの死者が出ることに。
ただ幸運にも九人の病人が生き残った。
思えばかわいそうな人たちで、当初は村人に敬遠されるだけだった。
次郎とナンの両親の四人、隣に住んでいた親子三人家族、次郎のおじさん夫婦の二人だけだった。そして彼らは村八分の状態となっていた。
その後、彼らは村を追い出され、九鬼山に住まうことになる。
これが後世で、九鬼山と呼ばれるようになった所以だ。
そしていま日が落ち始めた山道を、集団が歩いている。
九鬼山へ向かう桃太郎と犬目・猿橋・鳥沢の若者たちだ。
彼らの目は、黄昏の夕日に赤く染まっていた。
たまたま次郎とナンの兄妹は、山菜取りで日が落ち始めた山の中を下っていた。
と、麓から九鬼山へ向かう光の行列、蟻のような行列を目にする。
「なんだろ?」
嫌な予感がする。
二人は岩陰に隠れて、その集団が通り過ぎるのを待つ。
明らかに様子がおかしい。彼らはかなり興奮していた。
そして九鬼山の鬼征伐を口にしていたのだ。
彼ら総勢十数人の手には、鎌や鍬が赤く光っていた。
「みんなに知らせなきゃ!」
次郎とナンの兄妹は、別の道を迂回して九鬼山の集落へ向かう。
ただ迂回路のため、どうしても時間がかかる。
焦る二人は何度も転んだ。
汗と涙と泥に、顔も服もぐちゃぐちゃだ。
やっとの思いで集落へ到着した二人は、凄惨な光景を目にした。
腕力のある桃太郎が殴りかかる。犬が鎌を振るう。猿が鍬で薙ぎ払う。雉が銛で突き刺す。犬・猿・雉というのは、犬目・猿橋・鳥沢の若者たちだ。
悲鳴がこだまする。
思わず飛び出そうとするナンを次郎が抱きしめた。
次郎はナンの口を押えた、歯を食いしばった口からは血がにじんでいる。
しばらくして暗闇に静けさが訪れた。
ピーイィと鹿の鳴き声だけが響く。
二人は音を立てないように、その場を離れようとした。
と、桃太郎が叫んだ。
「次郎とナンがいない!」
恐ろしさのあまり動けない二人。
しかし次郎は冷静だった。
彼らを探す恐怖の光が、山中を蛍のように乱舞する。
ふと動く方向に穴があることに気づいたのだ。
「こっちだ」
二人はゆっくりと、今でいう壬生方面へ山の斜面を下りだした。
月明かりがあるとはいえ、手探りでの斜面の移動。さすがに動けなくなり、二人は朝までその場に留まることにした。
ナンは次郎の腕の中で小鳥のように震えている。
キョッ、キョッと鳥の声が曙の空に流れる。
アカゲラの鳴き声だ。
彼らが木をつつく音ももうすぐ響くのだろう。
桃太郎たちの喧騒は、すでに静まっている。
「ナン、もう大丈夫だ」
泥だらけの二人は、ゆっくりと山を下りはじめた。
そして川沿いまで来ると一息をつく。
「南へ向かい、誰かに助けてもらおう」
桃太郎たちがいる北へは向かいたくなかった。
二人は重い足を引きづりながらも、桂川を南へと向かう。
「いたぞ、こっちだ」
突然、山の中腹から声が響いた。
まだかなり遠くだが、このままでは捕まるのも時間の問題だろう。
次郎は決断する。
「ナン、おまえはこっちの川沿いを先に南へ行け」
「えっ、おにいちゃんは?」
「おらは、あっちの川沿いを西の山の方へ逃げる」
「嫌だ、嫌だよぉ」
ナンがすすり泣く。
「このままだと二人とも捕まるんだ」
次郎は続ける。
「おらはこのあたりに詳しい。やつらを引き付けた後でも、逃げ切る自信がある。」
ナンは涙目で次郎を見つめる。
「だから先に行って助けを呼んでくれ、たのむ」
潤む目をこすりながら、ナンはうなづく。
そして走り出した。
次郎はしばらくその場に留まった、追っ手の姿が遠くに確認できるまで。
自分がおとりになって、引き付けるのだ。
そして次郎は川沿いをゆっくり西へ歩き始めた。
桃太郎たちが次郎に気づく。
「これでナンだけは助かる」
次郎は山を登り始めた。
そしてとうとうその時が来る。
滝の音が近づいた山道で、体力に勝る桃太郎が追い付いたのだ。
まだ後続の追っ手は追い付いていない。
桃太郎と次郎の二人だけの会話が始まる。
「どうして…?」
「分かっているだろう、お前たちを生かせないのだ」
しばらく二人の睨み合いが続く。
「そういえばナンはどこへ行った?」
「さあ…」
おもむろに桃太郎が近づく。
次郎が後ずさる。
そこへ後続の追っ手たちの声が近づいた。
次郎は覚悟を決める。
ナンのためにできるだけ時間を稼ぐことを。
しばらく二人の睨み合いが続く。
「次郎、ナンをどこへやった?」
叫ぶなり桃太郎は次郎へ飛びついた。
もみ合う二人。
腕っぷしに勝る桃太郎ではあったが、必死の二郎も負けていない。
腕力対気力の互角の戦いであった。
他の者は手を出さず、ただ見守るだけとなる。
偶然の女神は、ここでは二人にあさっての結末を用意していた。
「あつ!」
二人同時に叫ぶ。
二人一緒に滝壺へ、転げ落ちるように転落したのだ。
まるで赤鬼と桃太郎の父親が、稚児落としから落ちた時のように。
その頃ナンは逃げ続けた。
ひたすら南へ逃げ続けた。
そして、コトン…
ししおどしが落ちるように、ナンは意識をなくした。