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2023年11月1日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(3)

 いよいよ桃太郎が犬目・猿橋・鳥沢の若者を連れて、九鬼山へ鬼征伐に向かう日が来ました。
 以前からどらは、この童話にずっと違和感を感じていました。
 物語の中で鬼を征伐する理由が「悪い鬼」とか「悪さをする」とかだけで、一言だけなんですよね。
 どんな悪さをしたのかが一切不明です。
 それじゃぁ何でもあり!と、逆に暴力と略奪を行った桃太郎の方が悪者ではと?
 歌の中でも、おもしろいおもしろいと快楽的暴力を振るっているし…
 そこで昨今のコロナ感染と結び付けて、ストーリーを考えました。
 物語終盤では、いくつかの大どんでん返しがありますよ。
 夜の睡眠時間を削り、日中の起床時間も削り、練りに練ったので(笑)
 
第一章 桃太郎は九鬼山を目指す

おもしろい おもしろい
のこらず鬼を攻めふせて
分捕物をえんやらや

万々歳 万々歳
お伴の犬や猿雉子は
勇んで車をえんやらや



(3)桃太郎は九鬼山を目指す

 「うまくいったな」
 桃太郎は村人達を説得できたことに安堵する。
 目標は九鬼山に住む鬼憑きたち。
 実は年が変わる頃の里では、奇妙な病気が広がっていた。
 最初は性格が変わって、攻撃的になる病状からスタート。
 そのまま数日後には、反対に気力を失くしたように寝込み始めたのだ。
 そして冬が過ぎ春となる頃には、たくさんの死者が出ることに。

   ただ幸運にも九人の病人が生き残った。
 思えばかわいそうな人たちで、当初は村人に敬遠されるだけだった。
 次郎とナンの両親の四人、隣に住んでいた親子三人家族、次郎のおじさん夫婦の二人だけだった。そして彼らは村八分の状態となっていた。
 その後、彼らは村を追い出され、九鬼山に住まうことになる。
 これが後世で、九鬼山と呼ばれるようになった所以だ。
 そしていま日が落ち始めた山道を、集団が歩いている。
 九鬼山へ向かう桃太郎と犬目・猿橋・鳥沢の若者たちだ。
 彼らの目は、黄昏の夕日に赤く染まっていた。

 たまたま次郎とナンの兄妹は、山菜取りで日が落ち始めた山の中を下っていた。
 と、麓から九鬼山へ向かう光の行列、蟻のような行列を目にする。
 「なんだろ?」
 嫌な予感がする。
 二人は岩陰に隠れて、その集団が通り過ぎるのを待つ。
 明らかに様子がおかしい。彼らはかなり興奮していた。
 そして九鬼山の鬼征伐を口にしていたのだ。
 彼ら総勢十数人の手には、鎌や鍬が赤く光っていた。
 
 「みんなに知らせなきゃ!」
 次郎とナンの兄妹は、別の道を迂回して九鬼山の集落へ向かう。
 ただ迂回路のため、どうしても時間がかかる。
 焦る二人は何度も転んだ。
 汗と涙と泥に、顔も服もぐちゃぐちゃだ。
 やっとの思いで集落へ到着した二人は、凄惨な光景を目にした。
 腕力のある桃太郎が殴りかかる。犬が鎌を振るう。猿が鍬で薙ぎ払う。雉が銛で突き刺す。犬・猿・雉というのは、犬目・猿橋・鳥沢の若者たちだ。
 悲鳴がこだまする。
 思わず飛び出そうとするナンを次郎が抱きしめた。
 次郎はナンの口を押えた、歯を食いしばった口からは血がにじんでいる。

 しばらくして暗闇に静けさが訪れた。
 ピーイィと鹿の鳴き声だけが響く。
 二人は音を立てないように、その場を離れようとした。
 と、桃太郎が叫んだ。
 「次郎とナンがいない!」
 恐ろしさのあまり動けない二人。
 しかし次郎は冷静だった。
 彼らを探す恐怖の光が、山中を蛍のように乱舞する。
 ふと動く方向に穴があることに気づいたのだ。
 「こっちだ」
 二人はゆっくりと、今でいう壬生方面へ山の斜面を下りだした。
 月明かりがあるとはいえ、手探りでの斜面の移動。さすがに動けなくなり、二人は朝までその場に留まることにした。
 ナンは次郎の腕の中で小鳥のように震えている。

 キョッ、キョッと鳥の声が曙の空に流れる。
 アカゲラの鳴き声だ。
 彼らが木をつつく音ももうすぐ響くのだろう。
 桃太郎たちの喧騒は、すでに静まっている。
 「ナン、もう大丈夫だ」
 泥だらけの二人は、ゆっくりと山を下りはじめた。
 そして川沿いまで来ると一息をつく。
 「南へ向かい、誰かに助けてもらおう」
 桃太郎たちがいる北へは向かいたくなかった。
 二人は重い足を引きづりながらも、桂川を南へと向かう。

 「いたぞ、こっちだ」
 突然、山の中腹から声が響いた。
 まだかなり遠くだが、このままでは捕まるのも時間の問題だろう。
 次郎は決断する。
 「ナン、おまえはこっちの川沿いを先に南へ行け」
 「えっ、おにいちゃんは?」
 「おらは、あっちの川沿いを西の山の方へ逃げる」
 「嫌だ、嫌だよぉ」
 ナンがすすり泣く。
 「このままだと二人とも捕まるんだ」
 次郎は続ける。
 「おらはこのあたりに詳しい。やつらを引き付けた後でも、逃げ切る自信がある。」
 ナンは涙目で次郎を見つめる。
 「だから先に行って助けを呼んでくれ、たのむ」
 潤む目をこすりながら、ナンはうなづく。
 そして走り出した。

 次郎はしばらくその場に留まった、追っ手の姿が遠くに確認できるまで。
 自分がおとりになって、引き付けるのだ。
 そして次郎は川沿いをゆっくり西へ歩き始めた。
 桃太郎たちが次郎に気づく。
 「これでナンだけは助かる」
 次郎は山を登り始めた。
 そしてとうとうその時が来る。
 滝の音が近づいた山道で、体力に勝る桃太郎が追い付いたのだ。
 まだ後続の追っ手は追い付いていない。
 桃太郎と次郎の二人だけの会話が始まる。
 「どうして…?」
 「分かっているだろう、お前たちを生かせないのだ」
 しばらく二人の睨み合いが続く。
 「そういえばナンはどこへ行った?」
 「さあ…」
 おもむろに桃太郎が近づく。
 次郎が後ずさる。
 そこへ後続の追っ手たちの声が近づいた。
 次郎は覚悟を決める。
 ナンのためにできるだけ時間を稼ぐことを。

 しばらく二人の睨み合いが続く。
 「次郎、ナンをどこへやった?」
 叫ぶなり桃太郎は次郎へ飛びついた。
 もみ合う二人。
 腕っぷしに勝る桃太郎ではあったが、必死の二郎も負けていない。
 腕力対気力の互角の戦いであった。
 他の者は手を出さず、ただ見守るだけとなる。
 偶然の女神は、ここでは二人にあさっての結末を用意していた。
 「あつ!」
 二人同時に叫ぶ。
 二人一緒に滝壺へ、転げ落ちるように転落したのだ。
 まるで赤鬼と桃太郎の父親が、稚児落としから落ちた時のように。

 その頃ナンは逃げ続けた。
 ひたすら南へ逃げ続けた。
 そして、コトン…
 ししおどしが落ちるように、ナンは意識をなくした。