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2023年10月7日

ウイルスはあなたを愛してる 第一章(2)

 桃太郎伝説の周辺には、他に三つの伝説があります。
 計四つの伝説になるのですが、さすがに全部を取り込むのはやり過ぎかな?
 ということで、断捨離しようと三つの伝説に絞り込みました。
 捨てたのは、陰陽師「安倍晴明」の伝説。
 実は岩殿山の北側にセイメイバン(晴明盤)という珍名の山があります。
 この地で雨乞いをしていた晴明が鬼に邪魔をされて亡くなったという話が…
 セイメイバンは、峠の涼風でも2018年7月に計画しました。 
 ちなみに採用の二つの伝説はネタバレになるので、小説の中で…ね。

第一章 桃太郎は九鬼山を目指す

行きましょう 行きましょう 
あなたについて 何処までも 
家来になって 行きましょう

そりゃ進め そりゃ進め
一度に攻めて 攻めやぶり
つぶしてしまえ 鬼が島




(2)誤りの鬼退治

「見つかったか?」
 太郎の父親が戻ってきた猿橋の村人に声をかけた。
 静かに首を横に振る村人。
 「本当にあいつら、どこへ行ったんだ」
 ふと西の岩山が目に入る。
 夕陽に照らされた岩壁が、あざやかな朱色に染まっていた。
 別の村人が走ってきた。
 「里の子供が、三人が岩殿山の方向へ歩いていくのを見た」という。
 「なんだと!」
 まさかとは思ったが、赤鬼の所か。
 朱色の岩壁は色を徐々に落としつつ、不吉な影を延ばし始めていた。
 まるで鬼の角が黒く伸びてこちらに向かってくるようだ。

 「大急ぎで里の若いのを何人か集めてくれ。おらは先に行く!」
 父親は村人にそう言い残し、急ぎ岩殿山へは向かった。
 その顔は、不安に包まれていた。

 その頃、鬼の岩屋では帰り支度が始まっていた。
 「もう帰るんだ!みんなが心配しているぞ」
 赤鬼の言葉にうなづく三人。
 眠そうなナンは太郎が背負うことにした。
 何と言っても一番年上のお兄ちゃんが太郎だ。
 今でいう中学三年生といったところか。
 しかも体が大きく、村の子供の中で一番腕っぷしが強い。
 控えめな性格の二郎は、小学生高学年ぐらいだろう。
 ナンはまだ小学生低学年ぐらいの茶目っ気たっぷりの女の子だ。
 今は疲れ果てて、半分寝ているが。
 赤鬼が先導し、三人が後ろをついていく。
 西側の今では稚児落としと呼ばれている岩山を越えるコースだ。
 確かに次郎とナンの兄妹にとっては、こちらの方が家に近いからだろう。
 
 その稚児落としに近づいたところ、次郎が気づいた。
 太郎の様子がおかしいのだ。
 目が赤く血走り、なにやらブツブツつぶやいている。
 「ここはどこだ?」
 「なんでこんな恰好をしているんだ!」
 と突然おぶっていたナンの体を投げ落とした。
 運悪く、ナンは顔を突き出た岩にぶつけてしまった。
 顔からは真っ赤な血が噴き出す。
 あわてて駆け寄る赤鬼と次郎。
 太郎は目がつり上がった形相で、さらにナンに襲いかかろうとした。
 あわてて赤鬼が飛びついて止める。
 もみ合う二人、そしておびえる次郎。
 そこへ、やっと太郎の父親がやってきた。
 血まみれのナン、もみ合う赤鬼と太郎を見た父親。
 「何をするんだ!」
 とっさに赤鬼に飛びつく。
 しかし場所が悪かった。
 「あっ!?」
 赤鬼がバランスを崩した。
 飛びついた拍子に赤鬼が崖から落ちていく。
 呆然と棒立ちのまま、崖下を覗く父親。
 その後ろからゆっくりと太郎が近づいてきた。
 その顔は少し冷めたような笑みを浮かべている。
 そして、ゆっくりと手を前に突き出した。
 二人目の犠牲者だった。
 ナンの悲鳴が山並みにこだまする。
 
 1時間ほどして、ようやく村人たちが稚児落としにやってきた。
 「なにがあったんだ!」
 顔が血だらけのナンを見て、村人の一人が尋ねた。
 呆然としている次郎は何も話さず、ただナンの顔を水でふいていた。
 おもむろに太郎が説明する。
 「赤鬼とお父が崖から落ちた」
 
 翌日、赤鬼と父親の無残な遺体は発見され、その後、丁寧に埋葬される。
 そして次郎とナンの兄妹は、親元に無事に帰された。
 太郎の母親は夫をなくした失意のためか、実家に帰ることに。
 太郎は、川下に住む父親の両親の元へ預けられる。
 川に洗濯に来たおばあさんが、太郎を最初に出迎えた。
 そして太郎は、後に桃太郎と呼ばれることになる。
 同じ里に太郎と同じ名前の村人がいたこと、住んでいた百蔵山(桃倉山)から移って来たことからだ。
 そう、桃太郎伝説の始まりであった。
 もっともドンブラコと大きな桃が流れてきたわけではないし、桃から生まれたわけでもない。
  川上の里から祖父母を頼って、流れてきたには違いないが…

 それから三ヶ月を過ぎた秋の気配に色づく里。
 山肌にはパッチワークのように、緑の中に紅葉と黄葉が浮かび上がっている。
 そんな色彩の里に、奇妙な病気が広がり始めた。
 その病気は後に、鬼憑きと呼ばれることになる。